しま猫のブログ

頭がぐちゃぐちゃで叫んでいたら、文章を書くといいと言われたので。

【考えること】自己肯定感って高められるの?

どんどん自己肯定感が低くなっていく(なくなっていく?)24歳の阿武隈しまです。

自己肯定感って本当に高められるんでしょうか?

高められるのはほんの一握りの、限られた特殊な人なんじゃないんですか?

 

 

兄弟のいる長女は、幼少期の育てられ方から自己肯定感が育ちにくい傾向がある、と言われていますが、私ももれなくその中に含まれるのではと思っている次第です。

 

阿武隈家の話をします。

2個下の弟は、一重で男顔の私に比べるとくりくりとした目で丸顔、跡継ぎ(特に継ぐようなものはない)としてちょっとの差をつけながら可愛がられていました。姉が出来たことは当たり前、弟ができたことはすごい、姉が出来ないことはどうしてこんなこともできないの、弟が出来ないことはまた挑戦してみようね。たった2年(と半年)の違いでこんなにか!と幼少期の私はだいぶ拗ねており、結構な意地悪をしました。本人も家族も覚えていないようですが、石を投げて頭に当ててしまい流血沙汰になってしまったこともありました。結構反省している事件は多いです。

とはいえ過保護ぎみな両親のもとで育っているので、世間で騒がれるような程ではありません。気分にムラの多い家族のため、たまに手がでる足が出るものが出るなどはありましたし、今もありますが、『親がアパートにやってきたことを書いた日記-2020.06.22』にも書いたように結構仲良くやっているのです。

 

生育環境や親のせいにしてしまうというのはとても簡単なことですが、被害者意識から抜け出したいのでなんとかまともに考えて見たいと思うのです。虐待サバイバーでも自己肯定感が強い成功者はいるので。

それでもなお、幼少期に『無償の愛』をくれる対象から『承認』『肯定』をどれだけ得られたかによって、大きくその後の考え方が変わってしまう。人格、性格形成時期に戻ることができないのだから、取り返しのつかないことってかなりあるんでしょうね、と思ってしまうのはまだ被害者意識でいるからなのでしょう。

 

アダルトチルドレンの認知度が高まって以降、自己肯定感を高める本やネットのコラムを見かけることは多くなりした。いろんな立場の方が執筆され、いろんな方が自己肯定感の大切さやそれの低さに困っている人のことを認知しているのだなあと感じます。活字を読むのが年々苦手になっている私も、結構読んでみています。自己肯定感が高まれば、きっと自身のなさから来る憂鬱な気分や不安、被害妄想くらいからは逃れられるのではないかと期待しているからです。

でも、なかなか上がりません。日記をつけて自分を励まそうとか、自分が自分のいちばんの理解者になってあげようとか、それができる人の自己肯定感は相当高いと思うのです。好きなアーティストが、心からのメッセージで私の存在を肯定してくれても、次の日には「自分はダメだ・こんな私なんて・また失敗したらうしよう・あの人に比べて自分はなんて…」果てには「死んだ方がマシだ・なんで生きているんだろう」につながっていくのです。

 

これをわかったふりをして笑ってごまかしてくれるカウンセラーに当たってしまった時、1万円も払って、笑われに行ったわけじゃないと泣きながら帰るしまちゃんが数年前にいました。そこから何冊も本を読んでいますが、どの方法もうまくいきませんでした。コミュニケーションの苦手意識から、恋人・友人との関係で自己肯定感を高めていく方法を読んだ時は、正直終わったと思いました。

 

 

ここまで書いてきてなんですが、高められるのか、高められないのか、結論は出ているようで出せていません。ちょっとでも希望を持ちたいからです。躁状態じゃなくても自信を持ってみたい。

これからも自己肯定感の本や資料を見かけたら読んでいきたいと思います。

 

頑張るぞー